純金百尊家宝とは?

1970年代、 資産インフレーションが 起こっていた際に、 今後の日本国、 日本人のために 竹田和平氏が発案し “純金の芸術家宝” として製作された 純金でできたメダルです。 世界で最も評価の高い、 国民からも愛される 金の加工品は、金貨です。 その金貨と 同じ価値を持たせた 純金の芸術品として、 純金百尊家宝は 現代の日本で誕生をしました。

純金の芸術家宝

世界の金貨を見てみたときに、フランスのナポレオン金貨、 オーストラリアのカンガルー金貨、カナダのメープル金貨など 必ず国の英雄や象徴、誇りを彫刻して、祈念して、それを尊んで、 その国民は喜んで、貯蔵して、子孫代々受け継いでいる風習があります。 しかし、日本では受け継いでいく『相続』という風習はありますが 日本国自体が金貨の制作を行っていないため、日本独自の金貨はありません。 そこで、竹田和平氏はオリジナルの純金でできたメダルの製作を開始しました。

日本は世界に誇るべき日本の“大和の文化”を築いてこられた偉人たちがいます。 その偉人たちを100人撰んで、“百尊”とし、1つ1つ彫刻して金メダルにしたら? 『世界に類を見ない、史上初めての“純金の芸術”が出来上がるだろう!!』 日本人が、自分たちのご先祖様や偉人たちを純金でできたメダルにして遺し、 自分たちの精神の象徴、誇りと喜ぶようになったら… 日本人は日本人たる誇りを持って「日本は黄金の国だよ」って 世界に再び“黄金の国 ジパング”を宣言できるんではないだろうか… そんな未来の日本と日本人への夢と情熱に燃えて、8年半の歳月をかけ 真心を持って、奉仕をさせてもらっているという貢献の意識で完成したのです。
ジパングを作り上げた百尊たちが将来、海外にも輸出されるようになったら… 未来の日本、未来の日本人たちの誇りになっていくことでしょう。

純金百尊家宝一覧


日本の家を復興させる
願いを込めて

将来、紙幣が信用されなくなって困るときが来るかもしれません。 そのようなときには、純金百尊家宝が1枚1枚、いざというときに 家宝として家を守るための役目・使命を果たしてくれます。 ひと昔なら、刀やよろいなどがその象徴であり、役目を担っていました。 現代は、刀やよろいなどより、子孫たちが喜ぶものがいいでしょう。

普段は、みんな一家の血族の象徴として家宝が存在し、 いざというときには、家宝は守りの存在へと変わります。

日本は近代の工業社会において、非常にたくさんの富や豊かさを得ました。 しかし、それと逆に心がだんだん寂しくなっていっている傾向があります。 この原因のひとつとして、家庭の崩壊というものも影響が少なからずあります。 家を守るためにというような気持ちがどんどん薄くなっています。 学校を卒業したら自立しなさいよ、というのが当たり前の社会になって、 もう今は残された高齢者の世帯が増えていっているのは社会問題になりました。 未婚で独身のまま生活をしている若い世代も増えてきている状況です。 日本の豊かさの代償にしては、あまりにも多すぎる問題を抱えています。 だから、豊かさと共に情も安定していく、そのような存在や象徴が 今の日本という国には、必要な時代がやってきたのだと思います。

これらの問題を解決させる1つの方法として “家宝”という古くからの日本の風習を見直すときかもしれません。

純金の芸術家宝 は家興しという、大きな役割と目的も持っています。 誰かを愛して、愛する者のために自分の人生を尽くし、働くんだ!という、 そういう非常に分かりやすくシンプルな理由が、今の時代よいパワーになります。 たまたま愛したから家族になったと、愛さなくなったから家族別れるんだと、 そういう表面的なものでは、家や家族は決して安定はしません。 家族の絆というものは「一族郎党」という言葉がありますが、 家と家族を守るんだ!という観念を、もう一度、家族皆様で持たれることが 家を復興させる原動力になっていく。それが再興につながっていきます。 ぜひ、一家に1セットをお迎えいただき、ぜひ御家をもう一遍、再興しましょう。

純金の芸術である百尊家宝は家の中の神社

この純金百尊家宝は、大和の文化を築いてきた、 現代の日本を創ってきた方々です。 日本全国にある神社に祀られている方が、 百尊の中にほとんどいらっしゃいます。 つまり、ほとんどの存在が「神様」となります。 大和の神々が芸術文化として彫刻されております。

まさに、家の中にある神社 なのです。 神棚にでも仏壇にでも入れて、毎日のように百尊を拝んでいれば 『本当に先祖のおかげさまですと、有り難いです』と、 感謝の心を思い出して、感謝で生きれるように自然となってきます。 百尊に感謝をすることができるようになってくると、 家族にも、直系のご先祖様にも、周りの大切な人たちにも 自然と感謝の気持ちで接することができるようになってきます。 そうすると、家族の関わりあい方が大きく変わってきます。

百尊は全員、本当に、すごい、気力、知力、能力、全てを持っています。 なぜなら、日本の歴史に名前が残った方々しかおりません。 世のため、人のため、未来の日本のために尽くしてこられた 有り難い方々ばかりです。すごい立派な方々です。徳のある方々です。 ただ好きとか嫌いではなく、それぞれの役割、成されたことを感じて 認めて、いいところを頂いて、私たちも幸せになっていく… そのメッセージが、この純金百尊家宝の中に、大切に込められています。

これからの
純金百尊家宝の使命

今の時代に、なぜ「百尊家宝」が必要なのか。 今の世界に、どのように「百尊家宝」が必要なのか。

竹田和平氏が創造した「純金百尊家宝」は、まさに、 現代の混迷せる、世界情勢、また、未来の危機が間近に迫る日本、 こういう危機迫る情勢において、いよいよ、日本文化を形成してきた 百尊の意思の働き始めが求められているということではないでしょうか。

「大和心よ美しかれ」

この強い思い、願望が、祈りが、私たちの先祖の百尊の切なる願いです。

私たち日本人という民族は、世界は、この願望によって、守られているのです。 いま、その願望を世界へと伝える時がやってきたのでしょう。

今の世は、世界を見渡しますと、権力を手に入れて富を強奪しようとする集団や 国家が次々と表に出てきております。恐るべき事態が発生したわけです。

この原因が何かというと、「富が足らない」ということだと感じています。 富が足らないと思う者たちが、自分たちの腕力で武器をもって、 富や権力を、強奪し、その権力で富を得ようとする試みを始めようとしているのです。 すでに先進国は民主主義国、投票によって権力を創造する、というルールが 決まっております。その、ルールを違反するものは見逃すわけにはまいりません。

どうしてそういう者たちがたくさん生まれ、そこに結集し始めているのか。

これは、富は容易に創造ができるのだ、という知識がないから、なのです。 私はその知識が、まさに多くの者にとって、非常に必要な時と考えております。

「まろUP! で拓く、まろわの世」この理念を掲げて、私は生きて参ります。

まろUP! とは真心のこと、眞心をUP! するのです。眞心の力を強めるのです。

人間は万物の霊長です。万物の霊長の根拠は、人間に眞心があるからです。 眞心を活用すれば、自由自在、融通無碍に美しき目標が達成できます。

思考の力を借りるのです。真心からの思考の力を借りるのです。

富を得るにはどうしたら良いのか。もちろん、思考には知識が必要です。 知識を得ることが必要です。知識なくば、思考はありません。 思考なくば、美しき創造はあり得ません。知識こそ、すべての母なのです。 その美しき知識。この燦然と黄金に輝く知識。これが百尊家宝であります。

「大和心よ、美しかれ」と祈る純金の百尊。 この百尊から、人生の生き方が分かります。

新しい世代へ繋ぐ、きずな企画百家百尊の集い

日本、もしくは世界中の百の家で大和の偉人、百尊を迎え入れていただく、百家百尊がつながっていく絆プロジェクト、始まりました。

百家百尊の集いについて

彫刻 池田 宗弘(いけだ むねひろ)
自由美術協会会員


1939
東京都に生まれる
1959
武蔵野美術学校彫刻家入学
1963
武蔵野美術学校卒業
自由美術展初出品(以後連続出品)
1964
自由美術展佳作賞受賞
1965
自由美術5月展/自由美術協会会員となる
1967
自由美術5月展/第1アゴスト展(銀座田島)
ギンザタジマインナゴヤ展(名古屋田島)
1968
個展(ときわ画廊)/第2回アゴスト展(銀座田島)
1969
個展(ポールギャラリー)/第3回アゴスト展(銀座田島)
1970
彫刻7人展(日本画廊)
SCULPTURE OJT IN(銀座田島)/自由美術展平和賞受賞
1971
森義利と2人展(ダウン・タウン・ギャラリー、ホノルル)
第5回現代美術選抜展(文化庁)/個展(ポールギャラリー)
1972
集団個展(西武池袋)/彫刻三人展(大阪大丸)
武蔵野美術大学講師となる(1980年迄)
1974
個展(ぎゃらりい土井)/個展(東京セントラルサロン)
C・W・ニコル著『MOOVING ZEN』のイラスト担当
1975
第11回現代日本美術展招待出品
第3回現代彫刻20人展(東京セントラル美術館)
個展(岡山高島屋)
1976
個展(名古屋松坂屋)/個展(ギャラリーせいほう)
個展<木版画>(ぎゃらりー土井)
1977
3回彫刻の森美術館大賞(彫刻の森美術館)S氏賞受賞
現代彫刻20人展(東京玉川高島屋)
木版による『東村山の昔話』出版(楡書房)
1978
年金基金センターセブンシティ(東京新宿)壁画に「PARK’78」を制作
1979
個展(ギャラリーせいほう)(日本橋高島屋)
『池田宗弘作品集』刊行(聖豊社)
1980
代彫刻の歩み展(神奈川県民ホールギャラリー)
今日のイメージ展(山形美術博物館)
野外彫刻とテキスタイル展(東京玉川高島屋)
個展(大阪大丸)/個展(彩画堂ギャラリー)
1981
個展<陶板画>(ギャラリーせいほう)
1982
個展(ギャラリーちいら)/個展<木版画>(画廊椿)
明日をひらく作家たち展(ギャラリーせいほう)
自動車美術展(自動車文化センター)
東村山市市民スポーツセンター・ロビーのレリーフ制作
1983
個展(ポールギャラリー)
現代日本美術の展望-立体造形(富山県立近代美術館)
4人展(ギャラリーちいら)/レリーフ展(ギャラリーちいら)
文化庁在外芸術家研修員としてスペインへ行く
(‘84年迄)聖地サンティアゴへ向かう巡礼の道の調査
1984
現代彫刻の展開-1930~80(ギャラリーせいほう)
1985
名作美術に見るネコの百態展(ナビオ美術館)
レリーフ・反レリーフ展(千葉県立美術館)
現代彫刻作家シリーズ・6(ギャラリーせいほう)
個展(ギャラリーせいほう)
1986
第2回東京野外現代彫刻展(砧公園)で区長賞・大衆賞を受賞
近代彫刻の歩み(いわき市立美術館)
第17回中原悌二郎賞優秀賞受賞(旭川市)
1987
住宅公団常盤平団地広場モニュメント制作
日本新都市開発、鳩山ニュータウン広場モニュメント制作
野尻湖サレジオ修道会・カトリック教会キリスト像制作
第12回現代日本彫刻展(宇部市)招待出品、宇部市野外彫刻美術賞受賞
1988
第11回神戸須磨離宮公園現代彫刻展(神戸市)招待出品
フェスピック神戸大会記念賞受賞
個展(ギャラリーせいほう)
1989
第12回日本金属造形作家展(銀座和光)
第15回歩会展(千葉県立美術館)
アートエキサイティング’89(埼玉県立近代美術館)
(クイーンズランド美術館、オーストラリア)
第13回現代日本彫刻展(宇部市)招待作品、神戸須磨離宮公園賞受賞
第20回中原悌二郎賞受賞(旭川市)
1990
長野市野外彫刻賞受賞。
『巡礼の道絵巻』出版(形文社)/個展(ギャラリーおおわに)
1991
東京都庁舎、都民広場に「アダムとエヴァ」設置(東京新宿)
民話の為の彫刻設置(岩手県東野市)
C・Wニコル著『りんごの花咲く湖』のイラスト担当
日本近代彫刻の一世紀(茨城県立近代美術館・徳島県立近代美術館)
第6回神戸具象彫刻大賞展(六甲アイランド)招待作品、大賞受賞
『粘土でつくる』出版(大月書店)
1992
倉吉:緑の彫刻プロムナード特別賞受賞(鳥取倉吉)
同賞受賞記念展(倉吉博物館)
日本カトリック会館外壁及びロビーに作品設置(東京湖見)
「彫刻のある街づくり」の為の作品設置(春日部市)
1993
第15回現代日本彫刻展(宇部市)招待作品、毎日新聞社賞受賞
芯展(大阪至峰堂画廊)/JAG(在研会)展(池田二十世紀美術館)
1994
芯展(京都大丸)
彫刻家の素描展-中原悌二郎賞受賞作家による-(旭川市立彫刻美術館)
宇部市中央町シンボルロードに「ノアの家族」設置
芯展(大阪大丸)/第3回かすかべ市民彫刻展(春日部市)
『富樫一作品集』出版記念チャリティー出品(愛宕山画廊)
日本の歴史人物百選レリーフ完成('87~’94)名古屋 竹田和平氏
1995
墨田区「まちかどアート」の為の作品設置(東京都墨田区八広4丁目)
三鷹駅前広場モニュメント設置(東京都三鷹市)
第2回木内克大賞野外彫刻展(茨城県東海村)大賞受賞
1996
「巡礼の道絵巻展」(東京銀座ギャラリー長谷川)